2006年03月04日

中城御殿の通用門

 今日、父と沖縄県立博物館へ「柳宗悦の民藝と巨匠たち展」を見に行った。駐車場が満杯で職員により空きスペースへと誘導されている途中、父が「あ、通用門が残っているな」と呟いた。車を降りてから、今は石積みでふさがれている中城御殿の通用門横に父を立たせて写真を撮った。
 沖縄県立博物館の敷地には、戦前、中城御殿の屋敷があった。
 父は小学生の頃、曾祖父のお遣いで何度か中城御殿に来たことがあるという。お遣いに出される前から中城御殿には何度も遊びに行っていたので、初めてのお遣いの時も、いつもの通り正門をくぐったら「お遣いの時には、通用門から入ってきなさい」と使用人にたしなめられたらしい。
 それ以後、父は子供心に「けじめ」というものを心得て、中城御殿へ遊びに行く時には正門を、お遣いで行く時には通用門をくぐったそうだ。現在、通用門は地上から1m50cmくらいしか出ていないが、あと半分くらいは地下に埋まっているはずだと父が言っていた。

 話は変わるが、来年の秋に沖縄県立博物館がおもろまちへ移転した後、首里城周辺の駐車場不足を解消するため、現在の敷地は駐車場になると噂で聞いた。駐車場にするのは構わないが、「車の出入りをスムーズにする」との名目で中城御殿の石垣を壊すような愚挙を犯さないだろうかと危惧している。

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Posted by 百紫苑(hakushon) at 23:46│Comments(0)独言
 
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